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「君にどのような情熱があろうと私には関係がないのだから、もう少し燃えるようにするべきだよ。今はその意味は分からずとも構わないけれど。まだ若いのだからなにを始めるにしても遅すぎるということも早すぎるということもない。私の名前は確かにイオ。かつては魔王に支えていたけれど、今はもうそういう関係から解放されてね」
イオと名乗った存在は霧を晴らした。そこには背丈の大きい男が黒い衣服に身を包んでいて、曲がりくねった木の杖を握りしめていた。その先の方に「そうだ」という首が取り付けられていたため、シシリは彼らはこの場所へと引き連れた生命体を思い出した。
「魔王のところに行って女の子を取り返すというのは正しいことでしょうか?」
イノケが一歩前に出て尋ねた。彼はやや不安そうな表情を浮かべつつ、両手を擦り合わせるようにしていた。シシリは彼の方を向いた後に「情熱」と言って握り拳をあげた。木の杖を握りしめていた男はそれをイノケとフェンケースの方へと向けて「大丈夫かどうかを判断するのは君たち次第なんだから、私に聞いても仕方がない」と言った。
「とにかく魔法使いの弟子になりたいと願う魔法をちょっと使える少年がいるようだから、案内してあげる場所がないことはないよ。とは言っても広い場所ではないし、ご期待に添えるかも分からない。ちょっとした実験なのだと理解してもらえれば結構さ」
イオという存在はそこまでいうと他の三人に背を向けて「ついてきなさい」と言った。彼らは互いに見合わせるようにした後、イオが歩くのに合わせて並んだ。彼らは四つの塊として月夜の灯りの中を進んでいった。
「シシリ君、私はそろそろ魔法を使って移動しようと思うのだがよいかね」
「大丈夫です」
「それなら構わない。魔王の力によって命じる。塔まで我ら五者を運べ」
イオの声にフェンケースが右手を折るように数えた。彼は最後の五番目を悩んでいたようだが、木の杖が彼を睨みつけるようにしたため拳を作って理解した。シシリらの三人は木の杖から煌めいた光に触れるようにして再びその姿をくらませた。
彼らが次に立ち上がった時にはすでに自然の構造物からは離れていた。彼らは石造りの空間に倒れるようにしていて、初めにフェンケースがそのことに気がついた。イオは木の椅子に腰掛けて彼らを見下ろしていた。
「君は確かフェンケースといったね、記憶が曖昧だけれど確かにそう言っていた。記憶が結合するから思い出すんだよ。この私の私がいるから君たちをしばらくここに放置しても問題はないんだよ。そんなことしたら気が動転してしまうだろうから控えるんだけどね」
シシリはイノケの右手を取って立ち上がらせ、「ここで魔法使いになれるのかな」と呟いた。イノケは「そんなことお前にわかるはずがないけど、でもそう信じるのも正しいと思う」と返した。彼らは自らがいる場所を石の塔であると認識していた。
その壁は円を描くように曲がっていて窓の外には雲が流れていた。シシリは「見ていいですか?」とイオの方に尋ね答えを聞く前に窓辺へと近づいた。そこには鳥の姿は見えなかったが、巨大な魚の影が泳いでいた。窓を隔てていたガラスに手を触れて彼は軽くため息をついた。
「シシリ君、その程度のことに感動を覚えているわけではなかろう。君はもっと偉大な仕事をなさなければならない男なんだから」
イオはそこまでいうと大いに笑った。その笑い声にイノケとフェンケースがやや顔を顰めたが、当の本人であるシシリはほとんど表情を変えずに振り向くばかりだった。彼はイノケとフェンケースを呼び寄せて窓の外の様子を強引に見させた。
「なるほどなあ、宇宙魚というやつだろ? 聞いたことはある」
「魔法でしか来ることのできない空ってやつだな、シシリ君」
それから彼らはイオの方へと向き直して「これから僕たちはどうすれば良いでしょうか?」とシシリが代表して尋ねた。イオは木の杖を放り投げて、それを蛇のようにした。それから蛇をイノケの首の辺りに絡まらせて彼をやや怯えさせた。
「魔法使いになるってことは存在を抹消するということなんだよ。一つ二つ消さなければならないものがある。いいかい。これは分からなければならない。君もシシリ君に協力するものであれば魔法に関する心得は必要だからね、まずは命を手に入れてほしい」
イノケは首元の蛇を引き剥がそうと両手をもがいた。すると蛇の絡まりは強力なものに変わっていって、やがてイノケは青く硬直するほどに苦しんだ。シシリはその様子を眺めながら、「僕に力を与えよ」と口にした。すると蛇は鱗を落としてそこにあったものが羽のように変わった。
イノケは息を吹き返すようにしてその場に座り込んだ。彼は「殺す気ですか」とイオの方に恐怖を向けたが彼は首を振った。それから細長い鳥のようになったもともと蛇であったものを手元に引き寄せてさらにはもともとの杖に戻した。
「だからこれは簡単な実験なんだよ。君が死ぬほど深刻なことではないから安心してほしい。ただこの程度の危機を乗り越えられなければ魔法使いとして生きていくなんて一千年先のおとぎ話だからさ、差し迫った問題を解決するにはまだ実力が不足しているよね」