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シシリは見回して、この空間に出入り口がないことを気に留めた。彼はイオが話していることから少しばかり気が逸れていた。そのため、イオの手元に戻っていた杖は彼を睨みつけるような表情を浮かべた。それからシシリはおよそ杖に向かって口を開いた。

「出入り口はありますか?」

「そんなことが気になる? あるにはあるけれど、君たちには見つけられないかもしれないね。でもこの石の塔は階層に分かれているから、出たところで上か下に移るだけの場合もあるはずだから、ないと言えばないよ」

答えたのは人間の姿をしたイオであったがシシリはその答えにあまり満足はしていなかった。彼はどこか閉塞感を感じ取っていたから、この空間から脱出する術を探し求めようとした。周りのイノケとフェンケースはそれ以外のことに気を取られていて、協力を得られそうにはなかった。

「イノケはもう大丈夫だよね。僕はそろそろ魔法使いの弟子にならなければならないんだけど、イオさん、そういう話は聞いてくれますか?」

「ちょっとばかり興味はあるから、もう私が師匠みたいなものだよ。君たちまとめて魔女にならないようにしてあげないといけないから、大変だよね。それはそうと私がそうならないかなんて不安がらなくていいよ。魔王との契約があるから魔女になることはない」

「それは本当ですか?」

「魔法使いが嘘をついた場合の懲罰は大分重いから、君たちのために飲む苦杯を覚悟しているという確信が君たち自身にあるなら話はまた変わるけれど、基本的な態度はこんなもんだよ。特に問題という問題はないし、興味があるということも多少だからそれほど関係性が深まる見込みもまだ現段階ではないんだ」

イオはそこまでいうと「外出たい?」と尋ね、三人は同期するように頷いた。彼らはその様子を互いに見合わせるように確認した後、「宇宙魚はまずいって」とイノケが言った。彼の言葉に応じるようにか、窓の外には雲に紛れて巨大な影が映り込んでいた。

「ああ、この魚は大したものじゃないよ。小さくなれと言えばそうなる程度の代物だから、魔法使いになるってどういうことかわかる? 問題を深刻にしたり笑い話に変えたりするほど、言葉に力を持たせるということなんだよ。いちいち自分が喋る単語に集中する必要があるわけではないけれど、ぼやっと口にしたことが勝手に形を持って現実のものに変わる時が来る」

イオはそこまで言うと、木の椅子から離れるようにして右手に握っていた杖を見た。彼は「たとえばさ」と言うと手に持っていたものを力を抜くように落下させた。それが地面に衝突する前にさらに「戻れ」というと杖は宙に止まった。

「『光れ』と言っても光ることはまあないから分別というものは大事なんだよ。結局こういうものは支配者が裏に存在して、この場合は魔王なんだけど、無意識に魔王の許しがなければそれは無効な主張として拒絶される。シシリ君にはどうやら言葉の力を信じる向きがあるようだから、魔王の無意識が反応したのかな現場に渦を生み出すだけの余裕がある」

イオはそう言って「戻れ」と二度目の言葉を繋げた。すると杖は彼の右手におさまった。彼らはその様子を見つめながら特にフェンケースは「魔法……」と呟いた。それから彼は一度座り込むようにして「分からない。分からない」と繰り返した。

「何が分からないのかって、君たちだってこういうことを試したことがあるだろうけど実際に効果を発揮したことはないってことじゃないかな? それはその通りで、魔法を使うために必要な力の珠が足りていないんだよ。これは関係を持たなければならないもので……」

イオがそこまで話した辺りで「ところでここにいて大丈夫でしょうか?」とフェンケースが尋ねた。彼は窓の外に目を一瞬やって、彼らが宇宙魚と呼んだ存在が正面を向いて近づいてくる様子を視界に収めた。彼は「ああ……」と絶望に拉がれたような声を出して震えた。

「全然大丈夫だよ。怖ければ言ってやればいいんだ、あっちへ行ってくれって。ちょうど良い」

するとシシリがフェンケースの視界を遮るように窓の外を見て、「僕がやります」と宣言した。彼は「向きを変えてください」や、「反対側に行ってください」などという言葉を繰り返しかけたが、特別効果はなく宇宙魚は衝突寸前まで近づいた。

「もう駄目だね。こういうのは熱心さが重要とはいうけれど、でも人間と魚とでは全く重いものが違うから、人間の言葉が役に立たないことだってあるんだ……」

イオがそこまで言いかけた時、魚は塔に衝突して大きな地震が内部構造に生じた。中にあった木のテーブルや本棚の類がその揺れでは倒れはしなかったものの、中のものが一瞬飛び出しかけて、また元の位置に追いやられた。イオはその様子を眺めた後「客人だからね」と呟いた。

「君たちも自分の魚を持ってみるというのが一番手っ取り早いんじゃないかとは思うけど、それはまだ全然早いかな。私は私で戦いに出ないといけない時が本来はあるんだけど、時代も時代で、ぬるい刻だからそれも適当にはぐらかせるし、戦利品として得るまでもないんだよ」