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シシリは朝目覚めると下の方のベッドを確認した。日差しが入り込んでいる部屋の中で小さくなっていたイオは既に活動を開始していたようだった。彼ら以外のイノケやフェンケースはいまだに眠っていた。シシリは立ち上がってイオに朝の挨拶をした。

「おはようございます。イオさん、今後もよろしくお願いします」

「それはこちらこそと言ってもいいかな。ところで私は魔法使いだから朝は早いんだ:

彼はそういうと窓辺に近づいて硝子窓までの凹みの部分に手を置いた。それから木の杖を伸ばして「朝を迎えられたことに感謝する」と呟いた。その言葉にイノケとフェンケースがそれぞれ目を覚ました様子で、目をこすりながらベッドから起き上がった。

彼らは立ち上がって、部屋の中心の方に集まった。それから話し合う時間を持つために、部屋の外にまずはシシリが出て、次にイノケ、フェンケースの順に続いた。イオはその姿を小さくしてシシリに着いていた。彼らは女主人のところで手続きを済ませて宿の外に出た。なお金はイオが出していた。

宿の外では人が溢れかえっている様子だった。右から左へと移り進む人たちの足音が響いていて、馬車まで通っていた。シシリは初めて見るような馬の姿を凝視して、通り過ぎるまでの匂いを嗅いでいた。

「イオさん、ひとまずここで生活をするということでよろしいでしょうか?」

「君の目的地まではまだ遠いから、だんだん近づいていくくらいがちょうど良いんじゃないかな? 君の街の人たちとは風合いが異なるだろうから、観察しているだけでも面白いよね。たとえそうじゃなくても、この都市の生き方に合わせて成長するのも悪くはないと思うな」

イオはそう言うと姿を大きくした。街を歩いていた人たちは魔法使いの出現に些か反応を見せたが、すぐに彼らの日常へと戻っていった。シシリはこの都市で生活するための覚悟を決めていたため、拠点となる場所を探すべく歩き出そうと考えていた。

「イオさん、この都市に生きる上で住む場所はどうするべきでしょうか?」

「この都市にはね、色々な部屋があるんだけど、私が住んでいるところも結構多いんだよ。もう長いことここには来ていないから、掃除は人任せなんだけどね」

シシリらは歩き始めていて、イノケやフェンケースは彼らに付き従っていた。彼らの手元にはいまだに淡い色合いの球体を握りしめていて、力をこめずとも離れることはなかった。彼らは市場のあたりまで近づいたところで、多くの商人が商売をしている様を眺めた。

金を持っていたのはイオだけであったから、彼はシシリらに幾らかの銀貨を渡した。彼らに「好きなものを買ってきたら良い」と言って、彼は姿を小さくした。それからシシリの上空に登って、天と地の間を浮遊するようにした。

この都市にはいく文化の魔法使いが存在していたため、空には様々な形の物体が浮かんでいた。彼らは方角を問わずに進んでいて、都市を賑やかに彩っていた。魔法使いらしく箒に乗っているものもあれば、小さな小動物のように姿を変えているものもあった。

シシリは右手には対球を身につけていたが、これは本来は高価なものとして知られていた。外見からは見分けがつかないため、実は偽物も売られている。目利きのできる商人を必要としたのであるが、そのような人々のいる場所は奥まっていて見つかりそうもなかった。

イノケやフェンケースが勝手に市場を散策するのを目の当たりにしながら、シシリは市場の天幕がかかっている影に出たり入ったりを繰り返した。赤い果物であったり、黄色い野菜が売られている様をイオの斜め前方で確認して、座っている商人と話をした。

「この辺でこれだけの銀貨で買うことのできる一番いい品はなんだと思いますか?」

「それを俺の前で聞くかね? 俺の売っているものが一番いいに決まっているだろう。冷やかしはごめんだから、あっちへいってくれ」

その言葉の次にイオが姿を人間に戻して、大男の様相を呈した。彼はシシリに対していた商人を圧倒するような態度をとって、「まあ若いんだから許してくれ」と右手を振らせた。彼はお詫びの印にと商人が売っていた小さな木の実を買ってシシリに渡した。

「あまり気を遣えとは言わないけれど、多少の礼儀は持っていたほうがいいと思うよ。イノケ君とフェンケース君はその辺うまくやってくれているようだから……」

イオがそこまで言うとイノケとフェンケースが市場を行き交う人の間を並んで歩いてきた。その手には袋一杯にした果物を抱えていた。イノケはそのうちの一つをシシリに渡し、「中々いい買い物だったと思うよ」と誇らしげに話した。

「それはそれとしてさ、これだけのものをどこまで運ぶつもりなんだよ」

「それはイオさんの家に持っていくつもりだけど……よろしいでしょうか?」

「ああ、それは全然いいけど、それまでまだ時間は取りたいかな管理人に話をしたいし」

「わかりました」

彼ら三人はそれぞれ木の実や果物の類を手に持って市場を移って、人の集まっている広場の長椅子に座っていった。イオは「ちょっと三人でよろしくね」と言うと木の杖と同一の姿を撮って、二つの螺旋を描きながら物影の散乱する都市の空へと飛んでいった。