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イオは右の手のひらを三人の方へ向けて「これをあげるよ」と言った。すると表面に小さな球体が三つほど出現して回転し始めた。彼らはその様子を見つめて、「どうするんですか?」と尋ねた。特にシシリは前のめりになってそれを見守っていた。

「簡単だよ。引き寄せればいいんだ」

彼の言葉に応じてシシリは「来い」と言った。すると三つの球体の全てが近づいてきた。そのため、彼は「一つだけで良い」と呟いてそのうちの二つを遠ざけた。彼の球体を操る様子にイノケとフェンケースはそれぞれ関心を覚えている様子だった。

「ところでこれはなんですか?」

シシリの問いにイオは目を見開くように応じた。

「これはね、対珠というものだよ。これを君の体内に取り込むのはまだ早いけれど、それを近くに持っていたら外の魚のどれかと関係を持つことができるんだ。だから魚の力を自分達に貸してもらうことができるっていう理屈なんだけど、魚の力なんて高が知れているよね」

イオの言葉を聞き終える前にシシリは球体のうちの一つを握りしめるようにした。彼が「力を貸してください」と呟くと、その言葉に反応してか、球体は光を帯びて彼の右の手からすり抜けるように発光した。イノケはそれを見て「大丈夫なのか」とシシリに尋ねた。彼は平然と「なんともない」と答えた。

「魚の力だけでも借りられたらさ、魔物くらい一掃できる機会を持てるんだよ。どんなに簡単なことかは今はまだ分からないだろうけれど、これまでとは違う感覚で生きられるんだ。君はもはや宇宙魚としての実力は十分にあるのかな? ただの光だったら意味はないけれどね」

イノケとフェンケースはイオの言葉を黙って聞いていたが、シシリの目線に促されるようにして残り二つの球体を分け合った。彼らはシシリに倣って同じ文言を続けたが球体側の反応は見られなかった。そのためイオは右手を伸ばして「急ぐ必要はないよ」と言った。

「シシリ君はまず魔王のところに行かなくちゃならないんだろうから、時間はかかるけれど魔物を殺すだけの実力をつけてもらわないと困るんだよね。君のところからいなくなった少女の話はお気の毒かもしれないけれど、私にとっては日常茶飯事だから。現れたり消えたりするのが女の子だったりするんだよ」

シシリはイオの顔を見つめるようにして、自分の右の拳を伸ばした。それから「魔法使いであるあなたの弟子になりたいです」と力を込めて口にした。魔法使いはその言葉に反応せず、「イノケ君とフェンケース君はどうかな?」と尋ねた。彼らは「全然無理そうです」と諦めかけている様子だった。

「だから急ぐ必要はない。ただそろそろここにいるのは危険を伴うから、離れないといけない。と言っても君たちのことを快く思わない連中に見つかっているようだから、いつまでも興味を持たれるわけではないけれど、石の塔というのは結構厄介な場面に遭遇するんだよ。さっきみたいに魚を衝突させたりっていうのは、いわゆる壁ドンってやつ」

イオはそこまで言い終わると木の杖を持ち直して彼らへと伸ばした。その口元の動きに応じて細長い生命体となった杖はシシリら三人を包み込むようにして円を描いた。彼らは自分の手元に漠然とした色合いの球体を保ったまま異なる光に覆われていった。

「結構時間の流れが異なるから、君たちが数十分生きていた間に外の世界では数週間が経過していたりするんだよ。時の流れに一々煩わされるようでは魔法使いは失格だからね。気にしても仕方がない。その辺が一番危ないところだったんだけれど、受け入れられない器なら最初から私は求めていないんだよ。要らないものとして魔王の蛇に投げ出すところさ」

魔王はこの世界の一部から全部にかけてを支配したりしなかったりする存在である。それらの勢力が強大な間は世界の至る所で魔法を扱う集団が現れ、彼らのことを魔族と呼ぶ。シシリらは人間であったから、魔族へと至る可能性は低かったもののこの時代においては人間と魔族の格差はそれほど大きいものではなかった。

魔王は幾つかの生物を保有していてそれの複製があちらこちらに出現したり消失したりを繰り返している。魔物とはその類の存在であって、魔王の蛇とはその典型的な具象である。魔王に対応する蛇を殺さない限り魔王の支配は永遠に続いていくと言われていた。

「僕は魔王による支配を終わらせて世界から魔法をなくしたいとも思っています。そうすれば人間は人間として生きていくことができるし、亜人亜人として、獣は獣として自然に暮らせるはずだと信じています」

「魔法使いの前でそういうことを軽々しく言える精神は褒められたものかもしれないな、シシリ君。知っての通り私もそろそろ引き際であるから魔王に多少の借りはあっても君に賛同する部分が全くないわけではないんだよ。私が君たちに渡した対珠の真の威力を分かってはいないかもしれないけれど、小さな宝物くらいは少年のうちから持っていても良いはずだからね」

木の杖であったものを含めて五つの存在は光の中から現れて空に浮かんでいた。彼らは地上を見下ろすようにすると、そこには雲間から山地がのぞいていた。まるで水に浮かぶようにしながら、彼らは幾つもの山を通り過ぎていった。